女性のがんで一番多い『乳がん』
女性のがんの発祥頻度ランキングは、[1]乳がん、[2]胃がん、[3]結腸がん、[4]肺がん、[5]子宮がんです。乳がんの発症率はここ20年間で2.7倍と急増しています。
がんは一般的に、高齢ほど発症率が高いのですが、乳がんは40歳代の若年層に多いのです。若いからといって決して安心できません。現在年間約35,000人の人が乳がんにかかり、約9,000人の方が亡くなっています。
乳がんで苦しむ人とその家族が少しでも少なくなりますように。
乳腺外科が2016年3月より紹介制/完全予約制になりました。
ご来院の際には事前にお電話でご予約いただくか、かかりつけ医を受診の上、紹介状をお持ちいただきますようお願いします。なお、緊急診療が必要と判断される患者さんについては、この限りではありません。
<予約窓口>
電話番号 0776-23-1111(代)
電話受付時間 8:30~17:00(月曜日~金曜日)
皆様のご理解とご協力をお願いいたします。
院長
笠原 善郎
(かさはら よしお)
免許取得:昭和58年
外科部長
堀田 幸次郎
(ほりた こうじろう)
免許取得:平成4年
外科医長
木村 雅代
(きむら まさよ)
免許取得:平成17年
外科部長
加藤 久美子
(かとう くみこ)
免許取得:平成6年
乳房は、出産時に乳汁を分泌する大切な役割をもつ皮膚の付属器官です。その中には乳腺と呼ばれる腺組織と脂肪組織が存在しています。
乳腺組織(乳腺実質)は、15~25個の「腺葉」に分れ、各腺葉は多数の「小葉」に枝分かれしています。小葉は乳汁を分泌する小さな「腺房」が集まってできています。各腺葉からは乳管が1本ずつ出ていて、小葉や腺房と連絡しあいながら、最終的に主乳管となって乳頭(乳首)に達します。
乳がんはこの乳腺を構成している乳管や小葉の内腔(内がわ)の上皮細胞から発生します。がん細胞が乳管や小葉の中にとどまっているものを非浸潤がん、乳管や小葉を包む基底膜を破って外に出ているものを浸潤がんといい、この他、がんが乳管の開口している乳頭に達して湿疹様病変が発生するパジェット病に大別されます。
同じ乳がんであっても細胞の性格はおとなしいものから活発なものまで、患者さんによって違います。
がん細胞の困る点は、秩序正しく働いている正常な細胞とは違い相手の迷惑を省みずに異常に増殖し、リンパ管や血管の中にもぐり込んで、リンパ節や他の臓器に転移して、身体の正常な働きを妨げる性格をもっていることです。
がんには、さまざまな性格の細胞がありますが、幸いなことに、乳がんは他のがんに比べてゆっくり増殖するものが多く、なかには乳管や小葉の中だけで増殖し、周囲の組織や乳房の外に広がらないものもあります(非浸潤がん)。
しかし、一部の例外を除き、治療をせずに放っておけば、乳管や小葉から、周囲の組織に広がり(浸潤がん)、リンパ管を通ってわきの下のリンパや周囲のリンパ節、さらには血液を通って骨、肺、肝臓などの臓器へ転移して増殖し、命を脅かすことになります(遠隔転移)。
このような命を脅かす転移がどの段階で起こるかは、その乳がんの性格にかかわっています。あるものでは乳がんの小さな段階でも起こるとされますが、一般的には乳がんが大きくなるほど転移の率が高くなります。ですから乳がんを転移のない段階で早期に発見し治療を開始するのは大変重要なことです。
下に行くほど進行度が進んでいるということになります。
進行度 | しこりの大きさ | 状態 | |
---|---|---|---|
非浸潤ガン | - | 乳管や小葉の中にとどまった状態のもの。 | |
病期0 (ステージ0) |
- | しこりを触れない微小なもので、リンパ節への転移がないと思われるもの。 | |
病期1 (ステージⅠ) |
2cm以下 | リンパ節への転移がないと思われるもの。 (病気1までを早期乳がんと呼びます) |
|
病期2 (ステージⅡ) (A,Bに分かれる) |
2.1~5cm | リンパ節への転移がないと思われるものを含む。(しこりが2cm以下であっても、腋窩リンパ節転移が疑われるもの、5cmを超えてもリンパ節転移がないと思われるものは病期2とする。) | |
病期3 (ステージⅢ) |
A | 5.1cm以上 | リンパ節への転移がないと思われるものを含む。しこりが5cm以下であっても、腋窩リンパ節への転移が強いと思われるものは病期3Aとする。 |
B | 大きさ問わず | 胸骨の奥のリンパ節や乳房の周囲に広がっているもの、皮膚、胸壁浸潤のあるもの。 | |
病期4 (ステージⅣ) (A,Bに分かれる) |
大きさ問わず | 乳房から離れたところに転移しているもの。 |
視診・触診
乳房全体を目でみて、又は手で触れ、乳房の形や、皮膚、乳頭、乳輪に異常がないか、しこりがあるかどうかを診察する方法です。乳がんの診断で最も基本的な検査です。
マンモグラフィ
マンモグラフィーによる撮影の様子
視触診より5倍の発見率を誇る『マンモグラフィー』
乳がんの早期発見のポイントは、自己検診のほかにもうひとつあります。それはマンモグラフィー(乳房のレントゲン検査)です。
マンモグラフィーでは乳がん特有のごく小さな「石灰化像」や手では触らない「小さな乳がん」を映し出せることから乳がんの早期発見に威力を発揮します。従来の乳がん検診は、視触診(医師が手で触って診察する方法)で行われていましたが、福井県でも平成14年より住民検診にこのマンモグラフィーが導入されました。なんと、従来の視触診検診に比べて約5倍もの乳がんが発見されています。
従来の乳がん検診は、視触診(医師が手で触って診察する方法)で行われていましたが、福井県でも平成14年より住民検診にこのマンモグラフィーが導入されました。なんと、従来の視触診検診に比べて約5倍もの乳がんが発見されています。
マンモグラフィで映し出された小さな腫瘍
写真の大きさで約8mm。従来のレントゲンや触診では発見されにくい大きさ
極小さな石灰化像
右の目盛りでも分かるように、微細な石灰化の映像もマンモグラフィだからこそ撮影できます。石灰化は必ずしもガンではないが、石灰化の小さな粒が、たくさん集まっている(微細集蔟石灰化像)場合は、早期乳がんの兆候です
検診は約5分。女性技師が担当します。
検査に要する時間は約5分(1方向撮影)で乳房を圧迫しながら撮影します。撮影を担当するのは、ほとんどの場合、女性技師なので安心して検査を受けて下さい。
マンモグラフィー検診は、各医療機関でも取り扱っています。
マンモグラフィー検診に関しては、レントゲンを見て診断する「専門医師」、レントゲンをとる「専門技師」のいる医療機関でも受けることができます。詳しくは、各医療機関、または市町村の保健担当者にお問い合わせください。
超音波診断・エコー
超音波を臓器にあて、組織からの反射をとらえて画像にし、わずかな濃度の違いで病巣を診断するものです。がんかどうかの診断に有用で、安全かつ容易に行えるので、マンモグラフィとともに乳腺疾患の診断に必須の検査になっています。
マンモグラフィ・エコー検査でのがんの見分け方 | ||
---|---|---|
良性(嚢胞,線維腺腫) | 悪性(がん) | |
イメージ | ||
形 | 円、楕円 | 不整形 |
辺縁 | 平滑 | ギザギザ(スピクラ) |
内部 | 均一(黒:水分、灰色:細胞) | 不均一 石灰化(白い点々) |
穿刺吸引細胞診
注射器でしこりを刺し、細胞を注射針内に吸引して、細胞の性格を顕微鏡で検査する方法です。細胞を直接採取し検査できるので、良性か悪性かの診断をほぼ確定することができます。がんの診断には欠かせない、きわめて有用な検査法です。
ただし、悪性かどうかを診断するのが難しい場合(悪性疑い)や、がん細胞があってもたまたま採取できない場合(偽陰性)などがまれにあります。このような場合、次の生検が必要となることがあります。
生検・試験切除
ガン細胞の存在を確認するために、手術的にしこりを取り、顕微鏡で組織を検査(病理診断)する方法です。ほぼ最終的な診断が得られますが、乳房にメスを入れることがデメリットとなります。
しこりを触れる場合
視触診、マンモグラフィ、エコー、穿刺吸引細胞診を行い、これらのいずれかで「がんの疑い」がある場合は、組織検査(生検、試験切除)を行います。
しこりがいずれの検査でも「がんでない」とされた場合は、ほぼ心配ない(がんではない)と判断します。ただし、これらの外からの傷をつけない検査(非侵襲的検査)ではしこりの診断には限界があります。したがって、念のために次の2つの方法で対処することをお勧めしています。
経過観察(3ヶ月、6ヶ月、1年間隔)
万が一がんが潜んでいれば、形が変化する、急に大きくなるなどの変化が現れます。そのような変化がないことを期間をおいてチェックしておきます。(若年の方などメスを入れたくない方が選ばれる方法です。)
組織検査(生検、試験切除)
しこりを切除してしまえば、ほぼ100%の診断が得られます。組織検査は局所麻酔、外来手術で施行できます。溶ける糸で縫合しますので抜糸は不要です。傷は若干残りますが、うっすらと一本の線が残るのみです。最終結果がでるまで1週間程度かかります。(あっさり取ってしまいたい方や、しこりを持っていることでかえって心配だという方が選ばれることが多い方法です。)
しこりを触れない場合
マンモグラフィやエコーでのみ見つかった異常は、経過観察をする場合、エコー下の穿刺吸引細胞診やマンモグラフィでの針組織診(マンモトーム)をする場合、MRで精密検査をする場合、組織検査をする場合など、異常の程度に応じた対処をします。
分泌液細胞診
乳頭からでている分泌物を取り、その中にある細胞の性質を顕微鏡で検査する方法です。
乳管造影
乳頭の異常分泌があり、しこりを発見できない場合に行われます。乳管の中に造影剤を注入し、乳管に異常な部位がないかを調べます。
骨シンチグラフィ
アイソトープ(放射性同位元素)で標識した物資を血管内に注射して、体内の分布状態を撮影し、骨に転移していないかどうかを調べるための検査です。
CTスキャン
コンピュータを用いた特殊な装置で、体の断面をX線撮影する方法です。肝臓や肺、胸の奥深いリンパ節、脳など、乳房以外の箇所に転移がないかどうかを調べるときに有効です。
MRI・磁気共鳴画像法
強力な磁場の中に体を入れるとある種の原子(水素原子)が変化するため、これを画像化して病巣を見つけ出す方法です。微小な乳がんの診断や乳房のなかのがんの範囲をみるために使います。
腫瘍マーカー
がん細胞が血液や分泌物の中に放出する物質を測定して、体の中にがんがないか、がんが大きくなっていないかを調べる方法です。乳がん以外でも値が高くなるマーカーや乳ガンがあっても値が高くならない人もあり、いくつかのマーカーの変動を検査しながら、治療効果や術後の状態をフォーローするのに使われています。(乳がんの早期発見には役立ちません。)
お気付きですか?? 100人中、自己検診をして乳がんを見つけたのは、8人にすぎません。
ほとんどの人が、偶然乳がんを見つけています。
もっともっと、女性は自分の乳房を大切にしなければなりません。
自分の乳房は自分で守らなければなりません。
ご主人などは、まったく頼りにならないのです。
乳がんになるときっと痛みが出るに違いない? いえいえ、そうではありません。
乳がんは痛みを出して教えてくれることはまずありません。乳がんの代表的な症状は「しこり」です。
乳がんの代表的な症状はしこりです。乳がんのほとんどは症状を出すことはありません。ですから自分で触らなければ早期発見は絶対にできません。乳がん自己触診のポイントは次の通りです。
まずやってみること、さわってみること。
「自分で触っても難しくて解らないからやらないわ」いえいえ、そうではありません。しこりに気付くきっかけは、「そういえば、前はもっとやわらかかった」「前と何となく感じが違うわ」というように変化で気付くことが多いのです。自分の乳房に手をやるかやらないかが、乳がん発見の分かれ道です。
乳房を指でつまんではいけません。
指の平で押えるように触ります。
指でつまむと全部がしこりのように思えてしまいます。
指で押えて、なぜるように、滑らすように触りましょう。
入浴中や寝る前が触りやすいと思います。
触診は、仰向けで、調べる乳房側の手を上げて、反対の手で触るのが、一番いいのですが、入浴時に座ったままざっとなぜるだけでもかまいません。
そのほか、腋の下のリンパや、乳頭からの分泌物も余裕があったら調べてください。鏡で見て、えくぼや変形がないかも見ておきましょう。
乳房の痛みにはあまり神経質になる必要はありません。乳房の痛みは生理的にかなりの人が訴えますが、乳がんとの直接の関係は少ないのです。
かつて乳がんは、広く大きく取れば治ると考えられた時期があり、周囲の筋肉やたくさんのリンパ節を一緒に切除した時期がありました(拡大郭清手術)。しかし、乳がんの再発は減らず、現在はむやみに大きな手術を行うことは意味がないことが証明されています。
手術できれいにとりきれたと思っても乳がんが再発するという事実は、手術したときにすでにリンパや血液の流れに乗って、がん細胞が体のどこかに流れていって、それらが再発につながったということを意味します。
したがって、手術に加えて、このような目に見えない乳がん(微小転移)に効果のある、薬による予防治療をすることが乳がんの治療の大原則です。
現在の乳がんの治療は手術治療と予防治療の2本立てからなり、その人に応じたそれぞれの治療法を選んでいく必要があります。
現在の乳がんの治療は手術治療と予防治療の2本立てからなり、その人に応じたそれぞれの治療法を選んでいく必要があります。
予防的治療は、これらの項目を分析して、抗ホルモン剤または抗がん剤を組み合わせて行います。
リンパ節に転移がある場合やホルモン感受性がない場合は抗がん剤を主体とした予防治療を、ホルモン感受性がある場合は抗ホルモン剤を主体とした予防治療が推奨されています。
代表的な予防治療の例
乳がんの手術には大きく2種類あります。
乳房全摘術
以前(10年以上前)は乳がんの手術といえば、乳房を全摘して、さらに腋の下のリンパ節を全部とる(『リンパ節郭清』といいます)この方法がほとんどに行なわれたものです。
現在はがんの大きさが3~4cmを超える進行した乳がんにのみこの手術が行なわれています。
乳房温存手術
乳房の一部のみを切除して、乳房を温存するやり方で、がんの大きさが3cm程度以下の比較的早期の乳がんに施行され、現在はこの手術が半数以上を占めています。一般には腋の下のリンパ節を全部切除しますが、最近はあとに述べる『見張りリンパ節生検』も行なわれています。
手術のあとには、再発予防のために、残った乳房に放射線をあてることが勧められています。
リンパ切除…なるべく負担を少なくする「見張りリンパ節生検法」
これまでは、乳がんの転移は腋の下などのリンパ節にまずおきるとされ、転移の可能性のある腋の下のリンパ節は全部とるのが標準的でした(リンパ節郭清)。しかし、腋の下のリンパ節を全部取ると、腋のつっぱり感、知覚低下などの合併症、特に『上肢のむくみ(リンパ浮腫)』が10~20%に出現し、患者さんの後遺症として最もつらいものでした。
この問題を解決するために『見張りリンパ節生検法』という新しいやり方が施行されています。この方法は、特殊な薬を手術直前にがんのそばに注射して、がん細胞が最初に流れ込んで転移を起こすリンパ節(見張りリンパ節、センチネルリンパ節とも言う)を探し出し、この見張りリンパ節のみを切除して調べて、ここに転移がなければ他のリンパ節は切除しないというやり方です。この方法で手術できれば、術後の後遺症の心配はまずなく、入院期間も1週間以内ですみ、大変優れた方法ですが、最先端の方法でもあり、施行できる医療機関も限られており、十分な説明をうけて納得したうえで治療を受けられることが大事です。
乳がんの治療は、乳房もなるべく少しの切除にとどめよう、リンパ節も不必要な切除は控えようという、『体に対する負担の少ない手術』へと向かっていることは、間違いありません。
乳がんとは長いおつき合い。乳腺外科医とは第二の結婚
乳がんは、比較的おとなしい、治りやすいがんと考えられています。しかし、その2~3割には、再発が見られ、決してあなどってはいけません。
一般的ながんでは術後5年以上たってからの再発がほとんどないのに対し、乳がんでは術後5年以降の再発もちらほら見られ、発育ののんびりしたがん、長く付き合わねばならないがんともいえます。
乳がん術後の再発予防の治療は、[1]抗癌剤による治療と、[2]ホルモン剤による治療に大きく分けられ、切除したがんの性格やリンパ節転移の程度などを参考に、これらを組み合わせてやっていきます。しかも、再発予防の治療は、他のがんではその効果が証明されていないのに対し、乳がんに対する再発予防は、確実に効果を示します。
したがって、治療を受ける医療機関の選択は、目先にとらわれずに慎重に行うべきです。(「乳腺外科医とは第二の結婚です。」とは、私の恩師(癌研乳腺病理:坂元吾偉先生がたとえでよくおっしゃる言葉です。)
先に述べたように、乳がんの治療は手術治療と予防治療の2本立てからなっています。
この考え方をさらに発展させたのが、新しい予防治療(術前治療、ネオアジュバント療法)です。
微小転移を予防するお薬による治療(予防治療)は従来手術の後に行ってきたのですが、手術の前にすればさらによいのではないかという考え方です。
このネオアジュバント療法は、微小転移のおきやすい、リンパ節がやや腫れている例や腫瘍の大きさが大きい例(Stage3)で行われており、従来の手術を先にする治療と同等(または少し生存率がよいというデータもあり)の効果が証明されています。
そのほかにも、手術前に抗がん剤を使うことでしこりが小さくなって乳房が温存できる、体に合う薬を見つけやすいなどの利点もあり、かなりの有用性が期待されています。
予防治療には抗がん剤が使用されることが多く、その期間も約3ヶ月間必要なため、手術まで時間がかかることや脱毛が出るのが欠点です。
胸筋や腕に行く血管や神経を露出させて腋窩リンパ節の隔清を受けることにより、腕の筋力が低下したり、腕や肩の運動障害、腕のむくみなどが起こります。手術の方法によって障害の程度は異なり、個人差もありますが、術後にリハビリテーションを行うことで、肩や腕の運動障害が残るのを防ぎ、傷みや腕のむくみを少なくすることができます。
手術が終わって退院するときには、ほとんど身の回りのことができるようになっていますが、無理をしないことが大切です。食事の用意や洗濯、着替えなど自分でできることは、人に頼らず自分でするように心がけ、徐々に体を戻していくようにします。この時、手術した方の腕を長い時間休まず使っているとむくんでくることがあります。
仕事に復帰できる時期は、手術の方法や術後の治療方針によっても違ってきますが、体の調子に自信がつき、治療に差し支えがなければ、仕事に復帰してもかまいません。
体が腋窩リンパ節を取った人や腕の力が入りにくい人は、回復するまで次のことに気をつけてください。
手術が終わり退院をしたあとは、体の状態を定期的に点検する必要があります。
通常のがんでは、術後5年間が目安となりますが、乳がんの場合は、ゆっくり増殖するおとなしい性質を持っている反面、術後5年以上経ってから再発するものもあり、術後10年間は安全確認の期間と考えて下さい。
術後3年までは3ヶ月~6ヶ月に一回、術後3から5年は6~12ヶ月に一回、以降は1年に一回を目安に視診触診を行い、異常があれば血液検査、・線検査、必要に応じて各種画像検査等を行います。そのほか、マンモグラフィ、乳房エコー、婦人科検診は年一回必ず施行しましょう。
CT、骨スキャン、血液検査などは従来定期的に行っていましたが、現在は症状やがんの進行度にあわせて必要な場合に施行しています。
万が一、再発した場合でも、乳がんにはいろいろな治療法があり、適切な治療を行えば、十分治療効果をあげることができます。
乳房の手術部位や温存した乳房に異常がないかどうかは、自分でもチェックできます。手術をしていない側の乳房にも別の乳がんができることがありますから、毎月1回、日を決めて、自分で点検するようにしてください。少しでも気になるところがあったら、主治医にご相談ください。
「山川とよこ様、山川様。5番診察室へお入りください。」
控えめのアナウンスに導かれ、診察室のカーテンを開けて入って来た患者さんは、古風な名前に似つかわしくない、きょろきょろと動く大きな目を持った、現代的な顔立ちの女性でした。
「胸にしこりがあるんです。1年前からあったのですが、痛くなかったので放っておいたら、大きくなってしまって。」
恥ずかしげに話しながら、診察室のカーテンの陰でそっと診せていただくと、彼女の左の乳房の一部はすでに皮膚が盛り上がって赤く変色し、一目で進行乳がんとわかる状態でした。
「まさかと思うけど、ひょっとして乳がんじゃないでしょうか。」
「実は1ヶ月前から左足も痛いんです。」
心配げな表情のとよこさんをよそに、精密検査をしますからと、検査室へ彼女を送り出しました。そのあと、検査の待ち時間に看護婦さんから聞いた話では、彼女は四十二歳。十年前にご主人を事故で亡くして以来、大学2年の長女と高2、中1の2人の息子を女手ひとつで育ててきたそうです。十年前のご主人が事故の際にこの病院に搬送されて以来、住まいはやや離れているにもかかわらず、お子さんが病気のときなど必ずこの病院へ来てくださっているとのことでした。
精密検査の結果は、疑いのない乳がん。その上、恐れていた予感が的中してしまい、左大腿骨にも転移を認めました。とよこさんの大きな目を見つめながらそのことを告げると、
「そうですか。まさか私が乳がんになるなんてね。でも、ここ一週間ほどは、ひょっとしてがんかもって心のそこで思っていたんです。」
とよこさんはそれでも輝きを失わない大きな目でじっと見つめて返して答えました。十二月も下旬のせわしない年の瀬の寒い日のことでした。
年が明けるとともにとよこさんは、手術と抗がん剤治療を受け、三ヵ月後には仕事に復帰しました。骨の転移も放射線治療が効いて、進行することもなく、がんはとよこさんの体の中で冬眠してしまったかのように見えました。
初めての出会いから一年半たった梅雨の日、検査でとよこさんの肝臓に転移が見つかりました。結果を一緒に聞きにきた娘さんは、大学を卒業し繊維会社にお勤めでした。
「何でとよこさんばっかりこんなにひどい目にあうんですか!」
娘さんは、まるで私がひどい目にあわせた張本人であるかのような口調で詰め寄ります。その後の診察室での会話の中でも、娘さんは決して自分の母親のことを「おかあさん」と呼ばずに、「とよこさん、とよこさん」と名前で呼ぶのが印象に残りました。きっとこれまで一生懸命に二人の弟の面倒をみながら生活してきて、母親と娘の関係というよりも、仲間としての二人の関係が出来上がっていたのでしょう。
とよこさんは再び抗がん剤治療を受けました。内分泌治療も併用し、がんは縮小し、一時は小康を得ました。しかしみぞれが降るころになると、再びがんは肝臓の中でふくらみだし、その年の暮れには入院を余儀なくされました。
初めての出会いから二年二ヶ月たった二月のある日、病院のベッドで黄疸が出現し黄色みを帯びた目でとよこさんは言いました。「先生、病院よりも家で過ごしたいのですが、こんなこと無理でしょうね。」腹水もたまり、がんはかなりの勢いで彼女の体を蝕んでいます。おそらく数ヶ月の時間しか彼女に残されていないでしょう。三人の子供さんとお兄さん、実のお母さんとも相談し、自宅での治療と訪問看護の道を選びました。
週ニ回の訪問看護の点滴往診と家族の看護でとよこさんは自宅での療養を続けました。
普段は七十歳半ばを過ぎた母親が看病にあたり、今度就職する長男や、中学三年になる弟も、春休みの間はしっかり看病をしたそうです。
往診に訪れると、つらそうな時でも、まぶたをしっかり開けてくれて、その大きな目はくりくりとよく動き、輝きは失われてなかったと記憶しています。
家は市街地の北のはずれにある宅地の中の小さな一軒家で、ご主人はこの家を建てて半年もしないうちに逝ってしまったのだそうです。「やっぱり家はいいです。」と、とよこさんは何度も口にされました。
ある日の往診の帰り際に、玄関を出たところで、見送りに出た母親が涙を見せつぶやきました。あの子が不憫で不憫でしょうがない、あの子をこんな体に産んでしまった自分が全部悪いんです。こんな内容だったと思います。年老いた母親の目から涙があふれ、玄関先の敷石にぽろぽろ落ち、しみが広がります。私には 慰めの言葉が思い浮ぶはずもなく、できることは腰の曲がったお母さんの背中に手を置いただけでした。
四月に入ったある日、とよこさんは逝かれました。その魅力的な大きな目は、二度と開くことはありませんでした。数日前から半分昏睡状態でしたが、みんなに見守られて、ご主人の建てられた思い出の家で、旅立たれました。
たまたま日曜日で、往診に出ることができ、私もご臨終の場に立ち会えました。娘さんは、臨終の時にはやはり彼女をお母さんと呼ばずに「とよこさん、とよこさん」と呼び、泣き続けていましたが、その後は気丈にも、とよこさんの顔に死化粧をしてあげていました。
最近流行の三つボタンのスリムなスーツに身を包んだ長男さんの写真が枕元に飾ってありました。一週間前の就職式の時に撮ってもらったものだそうです。
「これで本当に俺たちだけになってもたんや。父ちゃんもかあちゃんも、えんもんな。」とつぶやいた中三の息子さんの言葉が、やけにせりふっぽく聞こえました。それでもじんと胸にしみてしまい、そこに自分の息子の顔がだぶって見え、私はあわてて目を閉じ、じっとうつむいていました。
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